鳥ニモ負ケズ

 ご無沙汰しています。みなさんお元気ですか。

 人生で21回目となる真夏のクリスマスもごく普通に過ぎ、またまた野外劇のステージに戻りました。演目はシェークスピアの Measure for Measure と、イタリアの古典喜劇 The Servant of Two Masters の2つを日替わりで演じています。

 12月の終わりまでは、Bella Vista という、シドニーの中心部から30キロほど北西部にある Bella Vista Farm というところが会場になっています。ファームというからにはさぞかしのどかな場所かと思うでしょうが、人口増加につれて宅地造成もどんどん拡大しているシドニー、この辺りも例外ではなく、やたらでっかい住宅街やら企業の本社やらが立ち並んでいて、この「ファーム」だけがポツンと開発から取り残されたような、強制疎開に頑として応じない偏屈親父のような、ちょっと異次元の空気を醸し出しています。

 しかしファームですから、羊もいます。ニワトリも平然と餌をついばんでいます。そこへちょっとお邪魔して、我々俳優たちが芝居なんぞをやらせていただいているのです。

 

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 この建物はかつてこのファームを所有していたお金持ちの家族が代々住んでいた家で、現在は重要文化財に指定され、地元の自治体が所有しています。その家の前にステージが設置されていて、今回の野外劇のような公演やイベントが折に触れて開催されています。

 我らが劇団 Sport for Jove の夏の特別公演も、今年で9年目を迎えます。野外ですからみなさん気軽に、ワインやらスナックやらを持ち込んで、ピクニックがてらに芝居を見る、という非常に気楽な雰囲気なので、毎年楽しみに待っていてくれるご贔屓さんたちもいるようです。

 シェークスピアというと、不勉強な僕なんかは居住い正して暗い劇場で見るところ、という固定観念がありますが、そんなことはありません。もちろん育った環境にもよるんでしょうが、みなさん大抵こういう気楽な感じで、子供の頃から古典演劇に触れながら育ってきてるんですね。

 

 ところで、今こちらは真夏です。

 シドニーあたりではまだマシですが、内陸に行けば行くほど海風の影響を受けにくくなるせいか、このファームあたりでは40度を超える日もザラにあります。乾燥機の中に放り込まれたかと思うような熱風が吹き付けてくるかと思うと、どういう訳がじっとりと湿気が襲ってくる日もあります。

 その中で、フェルトのズボンにロングブーツ、長袖シャツに分厚いベスト、という怖気の振るうような衣装を着て2時間舞台上を走り回るというのは、かなりの体力を要する仕事です。その上、人一倍汗っかきの僕は初めの5分ですでに汗だくになり、1幕目が終わる頃には「おや、雨でも降ってますか」ってな濡れ鼠になるので恥ずかしいことこの上ない。かといって水分補給を怠る訳にもいかず、飲めば飲んだだけ汗になって噴き出し、という繰り返しで、こればっかりは体質でどうしようもないとはいうものの、舞台をやるたび頭を悩ませる問題ではあります。

 もちろん、芝居が始まるのは午後7時半。夏時間が採用されているシドニーではちょうど日が沈む頃で、日中の暑気は幾分収まってきます。舞台裏に引っ込むたびに、やっと吹いてきた夕風を求めて建物の裏に出て行って、衣装をはだけて涼んでいる姿はお客さんは到底見せられない代物です。

 

 暑さだけではありません。野外劇ですので、敵は他にも存在します。役者の声をかき消す騒音です。

 一応こちとらプロですので、発声の基礎の基礎ぐらいは習得しているし、舞台の前には発声練習は怠りません。声を遠くの観客まで届かせる工夫についてはリハーサルの段階から何度も念を押され、ボイストレーナーを呼んで個別レッスンを重ねるなど、劇団側も随分僕たち新参者の俳優に配慮してくれていました。しかし実際に舞台に立ってみて、劇場の箱の中では遭遇しない敵どもが、野外にはなんとたくさんいるものかと思い知りました。

 声を張り上げても張り上げても押し返してくる風。

 割と低めのところを轟音を響かせて飛んでいく飛行機。

 まるで嫌がらせのようにエンジンをふかして近所を爆走するバイク。

 そして、鳥。

 

 オーストラリアでは基本的に、鳥はさえずりません。

 さえずるのもいますが、そういう遠慮深く可愛らしいのは声のデカい大多数に圧倒されて、身を潜めています。

 ほぼ22年前、初めてオーストラリアに来た時、シドニーの市街地の街路樹に群れをなしている鳥たちの声を聞き、「なんだここは、ジュラシックパークか」と呆然とした覚えがあります。恐竜の一種かと疑うような「ぎょえええええーーーー」という断末魔の雄叫びが、それこそ何十羽も、時には何百羽単位で集まって我勝ちに騒ぎ立てるのです。

 鳥たちにもいろいろ都合があるんでしょうが、そうやって集団で木に止まって騒ぎ立てるのは早朝か夕暮れ時。そんな時刻に外で芝居なんかするなよと鳥には言われそうですが、こっちにも都合ってもんがあるので負けじと声を張り上げます。しかし何十羽の「ぎょええええええーーーー」に負けじと大声を出していると、もはや感情の機微やらニュアンスやらはどこかへすっ飛んでしまい、毎年恒例の「年忘れ絶叫大会」みたいになってしまいます。

 そして日が沈み、鳥たちの声もやっと静まり始めたかと思うと、今度は入れ替わりにコウモリの合唱が始ります。

 コウモリというのはバットマンの映画みたいに、洞窟の奥深くに隠れているというイメージがあるかもしれませんが、オーストラリアではそうはいきません。シドニーの市街地にもたくさん住み着いていて、夕暮れ頃から上空をコウモリの大群が列をなして飛んでいくのを見ると海外からの訪問客は大抵びっくりします。夜はやっぱり彼らの活動時間ですから元気いっぱい、そこらの木の上に集まって、餌を奪い合っているんだか、ただくっちゃべっているだけなのか、甲高い通りのいい声で「うきゃきゃきゃきゃきゃ」とやかましいことこの上なく、佳境に入ってきた舞台で気を入れてやってる我々には憎っくき存在です。

 

 もちろんそういう全てをひっくるめた環境こそが、野外劇の醍醐味ではあるんですけどね。自然豊かなオーストラリアだからこそ、そういう野趣に富んだ舞台が楽しめるというのも一つの見方でしょう。その分役者がしっかりしてないといけないなーと反省する毎日です。

 ただ大きい声でがなりたてるのではなく、しっかりと密度濃く観客に届く声で、なおかつ細かいニュアンスも十分に伝えられる、そんな発声ができるようになって初めて、一人前の舞台俳優と言えるんだと思います。風にも負けず、鳥にも負けず、夏の暑さにもコウモリの叫びにも負けず、毎回毎回試みと反省を繰り返しながら、舞台に立っています。

 どんな環境であれ、お客さんの前に立てるのはなんともありがたい幸せです。1月からは場所をブルーマウンテンのルーラに移して、また公演が続きます。よろしければいらしてください。

 

http://www.sportforjove.com.au/theatre-play/the-servant-of-two-masters

 

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 みなさんどうぞ良いお年を。2018年もよろしくお願いします。